【築古物件の空室対策】トレンドから学ぶ「できることから始める」賃貸経営

住宅難民問題
2025/12/16
文:藤掛千絵

最近、入居者から求められている賃貸住宅として、「ZEH賃貸住宅」や「防災賃貸住宅」といったキーワードを目にする機会が増えています。これらは一部の新築物件や先進的な事例という印象を持たれがちですが、実際には賃貸市場全体の切実なニーズを反映した動きです。

光熱費の上昇、そして高齢の単身世帯の増加、災害や停電への不安などを背景に、入居者が賃貸住宅に求める条件は少しずつ変わってきています。家賃高騰も相まって、「ランニングコスト(住み続けたときの負担)はどうか」「安心・安全(いざという時の備え)はあるか」といった視点が、これまで以上に意識されるようになってきました。

「断熱」がもたらすランニングコストと住み心地の改善

ZEH(ゼッチ:ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは、住宅で使うエネルギーの年間消費量を、おおむねゼロにする考え方の住宅です。一般的な住宅(持ち家など)では、断熱性と省エネ性能を高めたうえで、太陽光発電などによってエネルギーを創り、年間の消費を実質的に相殺します。

一方、賃貸住宅におけるZEHは、太陽光の有無よりも、断熱によって外気の影響を受けにくくし、エアコンを使っても光熱費が上がりにくいことが重視されます。これは入居者にとって、毎月の光熱費負担が抑えられるという直接的なメリットがあります。
また、断熱性能を高めることで気密性も向上し、音漏れしにくくなるなどの副次的な効果も期待できます。話し声やテレビの音を気にしにくくなる点は、入居者にとって分かりやすい「住み心地」の改善点の一つでしょう。

単身高齢化の波に備える:防災賃貸住宅が提供する「安心感」

もう一つのトレンドである防災賃貸住宅とは、地震や台風、停電などの災害を想定し、非常用電源や備蓄スペース、共用部の安全対策など、災害時の「生活継続」と「安全確保」に配慮した設計・設備を取り入れた賃貸住宅のことです。

近年、自然災害が増え、「災害時にこの物件はどうなるのか」を入居前に気にする人が増えています。これは、特に高齢の単身世帯にとって切実な問題です。

防災賃貸住宅は、特別な付加価値というよりも、賃貸住宅としての「安心感」を求められる時代背景から、注目されるようになってきたニーズと言えるでしょう。

「完璧」を追わない投資判断の重要性

ニーズがあるとはいえ、断熱性能を高めようと考えると、壁・屋根・床・窓・設備と、検討すべき範囲は一気に広がります。
すべてを新築レベルに近づけようとすれば、補助金を活用したとしても費用は高額になってしまいます。

防災賃貸住宅も同様で、蓄電池や備蓄品などをすべて網羅しようとすれば、「そこまで投資して賃貸として回収できるのか」という疑問が生じるのも自然なことです。

トレンドのキーワードだけが先行すると、「完璧な性能を目指さなければ賃貸経営が成り立たない」と感じてしまいがちですが、現実的な線引きが不可欠です。

築古物件でも効果が出やすい「3つの現実的対策」

ZEH対策も防災対策も、どこまで行うか、どこから行わないかという線引きが重要になります。
完璧を目指すのではなく、費用対効果が高く、入居者に説明しやすい対策に絞っていきましょう。

1. 費用対効果の高い「窓」の断熱対策
まず効果が出やすいのは、「窓」の断熱対策です。壁や屋根の改修は費用が高額になりがちですが、内窓の設置や断熱性能のある窓への交換は、比較的工事がシンプルで、補助金の対象になることも多い対策です。冷暖房効率の改善が体感しやすく、入居者への説明もしやすい点が特徴です。

2. 設備交換時の「省エネ機種」への切り替え
給湯器などの設備についても、壊れるまで使い続けるのではなく、交換のタイミングで省エネ性能の高い機種を選ぶだけでも、「使うエネルギーを減らす」方向に進めます。一度にすべてを替える必要はなく、空室時や更新時に一部ずつ行う方法でも十分です。

3. 被害を抑える「情報」と「環境」の整備
築古物件で現実的にできる防災対策は、「完璧な防災」ではなく、被害や混乱を「最小限に抑える」ための備えです。大掛かりな設備投資が難しくても、下記のような対策はすぐに取り組めます。

・家具転倒対策や避難経路の点検を行い、危険になりやすいポイントを入居者へ啓発する。

・停電や断水が起きた際に「何が使えて、何が使えないのか」を管理側が把握し、入居者に事前に説明できる状態にしておく。

・備蓄品を置きやすいスペースや、災害時の情報共有の仕組みを整えるなど、「備えやすい環境」を用意する。

対策の有無ではなく「オーナーの説明責任」が問われる時代

ZEH対策も防災設備の充実も、行えば安心感は高まりますが、その分コストも増えます。
賃貸経営では「どこまでやるか」を決めておくことも重要で、すべてを網羅するよりも、「この物件ではここまで考えています」と責任をもって説明できるラインを持つことが、現実的な対策につながります。

これらの取り組みは、単なる空室対策や家賃を上げるための施策ではなく、「説明できる物件にするための施策」と言えるでしょう。
近年は、入居希望者本人だけでなく、単身高齢者の家族や支援者、不動産会社から、住環境や安全面について質問される場面が特に増えています。

大規模な改修をしていなくても、「窓の断熱を一部行っている」「非常時の対応方針を決めている」と説明できるだけで、選ばれ方は変わってくるのではないでしょうか。


【おわりに】
賃貸のニーズがどう変わってきているのかを知り、自分の物件では何ができて、何が難しいのかを整理することが大切です。完璧を目指す必要はありませんが、「何も考えていない物件」にならないための一歩として、現実的な対策を少しずつ検討していくことが、これからの賃貸経営には求められていくのだと思います。

藤掛千絵